世紀末の墓

世紀末の墓

IT系寄りの雑記

成長して時間が短く感じる話

これは楽しい時間はすぐに過ぎて,つまらない時間は長く感じると言った類いのものではない. 人を待っている時間や暇な時間も小さい頃に比べて短くなったように感じるという話だ. 人間は年齢を重ねる毎に体感時間が短くなるというものがあるが,それはちょっと他所に置いて考える.

人間というのは成長するものだ. 成長というのは知識が増えたり考える力がついたりできることが広がったりすることだと思っている. これをすると様々な視点から物事を見ることができるようになる. 例えば,ただ単に空を見るだけでも,気象の知識がついていたり感受性が養われていたりすれば,それらが無い頃とは受け取ることができる情報量がまるで違ってくる.

これは世の中の全てに当てはまることだと思う. 小さい頃は視野が狭く知見が少ないため,自分と知人,知っているもの以外のオブジェクトは全て”背景”としてみられる. ただ,成長するとそれら一つ一つについて考えることができるようになる. 例えば,「あの看板はどういう風に塗装しているのか」や「あの電光掲示板の内部ではどのようなプログラムが走っていそうか」など. それに知っているもの以外も,知っているものから類推することができるようになる.

僕は考えるのが好きだ. 小さい頃からものをあれこれ考えるのが好きで,哲学書を読んでみたりその辺の機械やからくりを触り倒していた記憶がある. これに知見が合わさることにより,視野が広がり,今まで”背景”だったものから現物として認識でき,考えることができるようになった.

ただ,いくら考えることが好きでも知見がなく視野が狭ければ,考えられる幅は非常に狭いものになってしまう.

僕の中ではそう言った意味で知見を得ることや学ぶということは大切なことだ.

話がそれてしまったが,この”時間が短く感じる”というのは,自分や知人以外は背景となり細かく認識できなった世界が 成長することによって多くを認識し考えることができるようになったおかげで,”短く感じた”ということだ. そういう意味では,楽しい時間がすぐに過ぎるというのと同じかもしれない. 小さい頃は知見が少なくこの楽しみを味わいようがなかったため,ただつまらない時間として消費されていたのだ.